朝4時に起きて元旦のリスボンに向かったが行きたかった観光地7ヵ所すべて入れなかった話

新春早々、異国の地で己の「旅運のなさ」をこれでもかと見せつけられた、美しくも哀しいリスボンの記録。
これを読めば、あなたのどんな最悪な元旦も
「まあ、ポルトガルで元旦にすべての予定を破壊され、ウンコの上に尿を放った奴よりはマシか」
と笑顔になれること請け合い。

リスボン旅:朝4時起きの栄光と、無関心な初日の出

すべては1月1日の朝、暗闇の中で始まりました。
この日のために、私は朝4時に起床。眠気と戦いながら5時前にはポルトのカンパニャン駅(Estação de Campanhã)へと到着していました。
当初計画していたのは、無駄もなく、しかし割と余裕のある完璧なスケジュールでした。

当初のリスボンスケジュール

05:32 ポルト(カンパニャン駅)発
08:55 リスボン(サンタ・アポローニア駅)着
10:00 ①リスボン大聖堂
10:30 ②サン・ジョルジェ城
11:30 ③サンタ・ジュスタのリフト
 (混む情報があったので、時間に余裕があれば程度)
12:30 ④リベイラ市場(食事)
14:30 ⑤ベレンの塔
15:00 ⑥発見のモニュメント
15:30 ⑦ジェロニモス修道院

新春の輝かしいロードマップを描いていた私の前に立ちはだかったのは
ヨーロッパからの手荒すぎるお年玉「元旦鉄道ストライキ」だった

駅で呆然とした後
傷だらけでバスに飛び乗り
リスボンへ向かう羽目になった私

バスに乗って1時間ほど左側からの窓の外から美しい「初日の出」が昇ってきた!
「元旦の太陽はやっぱり神々しいな!」
日本人としてのDNAを震わせ感動のあまり思わずスマホのシャッターを切った私

ふと我に返って車内を見渡すと
そこに乗っていたのは全員ポルトガル人。
誰も一人日の出に興味がなさそうだった
それどころか死んだ魚の目で
「ただ朝が来ただけの眩しい光」
を完全黙殺していた。。。

殺伐としたバスに揺られ
終着地であるオリエンテ駅(Estação do Oriente / Gare do Oriente)
流れ着いた時には、すでに時計は9:40。
リスボン オリエンテ駅

この時点で、ストライキがなければ9時前にサンタ・アポローニア駅に着いているはずの予定は大幅に遅延。
ここから地下鉄に乗って市街地へ向かう直前のわずかな隙に、
最初のポルトガル名物、エッグタルト「パステル・デ・ナタ(Pastel de Nata)」を口に放り込んだ。
手渡された瞬間は
「表面が黒焦げじゃん……元旦から炭を食わせる気か?」
と心が荒んだ。
黒焦げタルト

しかし、一口食べるとサクサクで濃厚。
「よしよし、美味い!これは幸先がいいぞ。これから始まる大逆転劇に向けた、軽いおやつに過ぎないからね」
と、この時はまだ呑気に微笑んですらいた。

しかし、ここから地下鉄に乗り継いでサンタ・アポローニア駅へ向かおうとした瞬間、リスボンは牙を剥いた。
「ここ、ちょっと治安悪いかも……?」

冷や汗が流れる。
なんと地下へと降りると、そこはホームレスの住居(寝床)でびっしりと埋め尽くされていたのだ。
オリエンテ駅の地下

その異様な光景に圧倒されていると、さらに移民っぽい風貌の男がぬっと近づき、私に話しかけてきた。
「バスに乗るお金が無いから5ユーロくれ」
あまりに直球すぎる物乞い。
しかし男は「後でお礼をあげるから」と言い張り、なぜか私のインスタグラムのアドレスを聞き出そうとしてくる。
お礼など期待できるわけもなく、ここで時間を食うわけにもいかないし
「いいよ、あげるよ」
と5ユーロを気前よく手渡し、男を煙に巻いてその場を離れた。

地下鉄乗り場

地下鉄の中の路線図、ポルトガル語表記でよくわからん
電車内の路線マップ

ポルトガル人の平均身長
男性172〜173cm
女性が約162〜163cm
体格的には我々日本人とあまり変わらない。
それなのに、車内に設置された「2人席」は、小柄な日本人である私が座っても、二人は座れない。
物理的に2人で座ることを拒絶している驚異の設計。

サンタ・アポローニア駅に這い上がったのは10:30すぎ。
約2時間近くの遅延。
この時点で
移動に時間のかかる西側の3大巨頭
「⑤ベレンの塔」「⑥発見のモニュメント」「⑦ジェロニモス修道院」
を諦めた。
そして練りだした修正案
11:00 ④リベイラ市場
12:30 ③サンタ・ジュスタのリフト
(街歩きしつつ移動)
15:00 ①リスボン大聖堂
15:30 ②サン・ジョルジェ城

死亡リスト:⑤ベレンの塔 ⑥発見のモニュメント ⑦ジェロニモス修道院
「でも、これならまだ4か所は救える!」

前倒しが仇となったリベイラ市場と、茶色い小宇宙の洗礼

計画通り、私はサンタ・アポローニア駅から徒歩で「④リベイラ市場(Mercado da Ribeira / Time Out Market Lisbon)」へと向かった。
道中、リベイラ市場に行く途中にあった復興の象徴「アルコ・ダ・ルア・アウグスタ(勝利のアーチ)」をパシャリ。

頭の中はすでにポルトガル伝統の魚介料理でいっぱいだ。

お腹を空かせ、期待に胸を膨らませて歩き続け、ついに目の前に現れた美しいドーム型の白い建物「リベイラ市場」
しかし、近づくにつれて周囲に漂う、圧倒的な「静寂」。
……はい、やっていない。見事なまでに閉まっている。
リベイラ市場

実は後から調べて分かったのだが、この日のリベイラ市場は「12:00から開始」だった。
もし本来の計画通り、午後(12:30)に訪れていれば優雅にランチを楽しめたはずなのに……ストライキのせいで急遽午前(11:00)に時間を前倒ししたのが完全に災いした。良かれと思った臨機応変なリスケがすべて裏目に出る、元旦の非情な罠。さっきのタルトで完全に目覚めていた私の胃袋は、ここへ来て行き場を失った。

死亡リスト: ④リベイラ市場、⑤ベレンの塔、⑥発見のモニュメント、⑦ジェロニモス修道院

飢えと絶望を抱えたまま辿り着いた
サン・ロケ教会(Igreja de São Roque)
サン・ロケ教会

ここで今度は、私の膀胱が限界を迎えていた。
救世主のごとくポツンと置かれた1棟の仮設公衆トイレ。
光の速さで扉を開けた私が目にしたのは、神の祝福とは真逆の、すでに限界突破してあふれ返っている先人たちの茶色い遺物(ウンコ)であった。

「回収しろや……」
一瞬で脳の処理が停止したが、出すものは出さねばならない。
そのあふれるウンコ山の頂に向けて尿を放った。
2024年の最初の大仕事がこれである。

リフトへの敗北、そして10.90ユーロの救世主

気を取り直し、正式な作戦通り11:30。計画通り「③サンタ・ジュスタのリフト(Elevador de Santa Justa)」へ。

しかし、その下に群がる、アリのような人間の行列が目に飛び込んできた。
2時間待ち・・・
元々「時間に余裕があれば」枠であったが、今のズタボロのスケジュールでこの列に並んだら本当に今日が終わる。
秒速で撤退を決定した。

死亡リスト: ③サンタ・ジュスタのリフト、④リベイラ市場、⑤ベレンの塔、⑥発見のモニュメント、⑦ジェロニモス修道院

しかし、このリフトへの敗北が奇跡の転機となった。
リフトを睨みつけた視線の先に、奇跡的に営業しているレストランのテラス席を発見したのだ。
注文したのは、ポルトガル人のソウルフードである干し鱈のコロッケ「パステイス・デ・バカリャウ(Pastéis de Bacalhau)」と、インゲン豆のご飯「アロース・デ・フェイジョン」のセット、10.90ユーロ(日本円で1,700円くらい)
ポルトガル人のソウルフード

サクサクのコロッケを噛み締めた瞬間、猛烈な旨味が乾ききった体に染み渡った。リベイラ市場の空振りとウンコ山の傷が、ここで少しだけ癒えた。

忍び寄る「全滅」の予感、そしてグランドフィナーレへ

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バカリャウのおかげで、首の皮一枚繋がった私。
胃袋が満たされると、街歩きをしつつ、後半戦のスケジュール(15:00 大聖堂 → 15:30 お城)へと足を運ぶ。

街のアイコンである黄色い市電「28番トラム」
28番トラム
余った時間を有効活用。
乗るよりも街歩き写真を優先。
28番トラム

リスボンの代名詞「アウグスタ通り(Rua Augusta)」
アウグスタ通り

味のある坂道のトラム
味のある坂道のトラム

そしてついに、あの有名な「①リスボン大聖堂(Sé de Lisboa)」が見えてきた!
リスボン大聖堂

……が、建物の前まで行ったものの、理由はサッパリ分かりませんが中に入れない。
元旦の特別閉館なのか何なのか、とにかく非情な門前払い。

「え、これ次の②サン・ジョルジェ城もやってなかったら、当初の予定の逆コンプリート(全滅)やんけ……」

背筋に嫌な汗が流れるのを感じながら、リスボン大聖堂を去った
リスボン大聖堂を去った

残された「②サン・ジョルジェ城(Castelo de S. Jorge)」に、今日の旅の、いや、この元旦のすべての希望を賭けるしか道はなかった。
己の足だけを信じて激坂を登り続けた。
激坂

額に猛烈な汗をかき、ようやく辿り着いた城が見えてきた。
サン・ジョルジェ城

茶色い壁に刻まれた「CASTELO DE S. JORGE」の文字が見えた瞬間、私の足は止まった。
休館日
……ここも入れない。
最高峰の展望台へと続く門は、完全に閉ざされていた。新年、元旦ですから。
門の前で立ち尽くす、私と同じく絶望に染まった世界各国の難民観光客たち。
朝4時に起き、打たれ続けても健気にスケジュールを練り直し、最後の体力を振り絞ってわざわざ登ったのに、入れない。

これにより、当初行く予定だった「7か所」すべてに1つも入れず、私の「元旦リスボン完全全滅(打率0割0分0厘、逆コンプリート)」のグランドフィナーレがここに美しく達成されたのである。

その途中の坂道から、ふと街を見下ろした。
視界に飛び込んできたのは、どこまでも美しく広がるリスボンの赤瓦の屋根たち
リスボンの赤瓦の屋根
「おお、お城に入らなくたって、この坂からの景色だけで十分じゃないか……!」

レストランでの一安心と、突きつけられた現実

這う這うの体で「フィゲイラ広場(Praça da Figueira)」
広場の中央で馬にまたがる国王ジョアン1世のブロンズ像
フィゲイラ広場

広場の脇にある青い屋根のベーカリーカフェ「Pastelaria Tentação」へ命からがら滑り込んだ青い屋根のベーカリーカフェ

ここで注文したのが、伝統の肉の串焼き「エスペターダ(Espetada)」と山盛りのフライドポテト。
伝統の肉の串焼き

運ばれてきた瞬間、盛り付けがあまりにも雑で、店員さんの食の扱いも雑すぎて、
「これは……最後の最後に歴史的なマズさを引き当てたか?」
と再び背筋が凍ったが、一口食べるとこれまた一安心、ちゃんと美味い!
「雑=マズい」ではないという、ヨーロッパのディープな洗礼を胃袋で完全に理解した。
ふと店内のテレビ(CNNポルトガル放送)を見上げた瞬間、今度は全身の血の気が引いた。
画面に躍る「SISMO NO JAPÃO(日本の地震)」の文字と、映し出される「石川 珠洲」のリアルタイムな津波映像。
SISMO NO JAPÃO(日本の地震)

事前にLINEで「日本で大きな地震があった」とは知っていたものの
「まあ、いつもの大したことないやつだろう」と高を括っていたが
能登半島地震の報道を初めて目の当たりにし、事の重大さをようやくここで知る。

時計を見れば夕方。
朝、ストライキのせいで泣く泣く降り立ったオリエンテ駅の長距離バスターミナルへと戻ってきた。
時刻は17:30。
ポルト行きの帰りのバスを待つホームで、
「もっと長くいたい、7冠全滅のリベンジを……」という未練が頭をよぎる。
ポルト行きバス

しかし、朝の「元旦ストライキ」のトラップ、リベイラ市場での裏目に出た時間変更、そしてお城や大聖堂での門前払いが頭を離れない。
「これ以上ここにいたら、夜中にポルトへ戻れなくなるような、さらなるメガ級のトラブルが起きるに違いない」
朝4時に起き、急な予定変更がすべて裏目に出てすべての観光地にフラれ
テレビの前で能登の大地震の現実に震えた元旦のリスボン

一番確実で安全な「高速バスの座席」に身を委ねてポルトへ逃げ帰るのが
この激動の一日における唯一の「正しい選択」だった

撮影日:2024年1月1日
場所:リスボン(ポルトガル)
カメラ:Olympus OM-D / iPhone
天候:晴れ時々曇り
最高気温:15℃前後
最低気温:8℃前後

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