12月24日クリスマスイブ。
浮かれる日本で準備をしていた私のスマホに、突如見知らぬメッセージが届く。
クルーズ会社「Hello」
連絡手段がまさかのWhatsApp(海外版LINE)指定だなんて1ミリも聞いておらず一瞬心拍数が跳ね上がったが、まあ欧米や中東では日常インフラだ。
もし私がアプリを入れてなかったら、どうやって連絡取るつもりだったんだろう?
たった6万円で2泊3日、移動も宿も観光も食事も全部込みという破格のクルーズツアーだ。
安さに釣られて英語のみのバスツアー
「安かろう悪かろう」は百も承知、コスパさえ良ければドブに捨てる覚悟の旅である。
旅日程はこう
12/29 ルクソールのホテルで待ち合わせ王家の谷とハトシェプスト神殿
12/30 エドフ神殿とコム・オンボ
12/31 アスワンで降りてアブ・シンベルへ
5日も前に連絡するとは、「エジプトの割に前もって仕事してるじゃん」と感心すらしていた。
しかし、前日の12月28日 12:30。
やつらは本性を現す。
クルーズ会社「我々はいまアスワンにいる。で、お前をどこで拾えばいい?」
……ん?
アスワンから船に乗る客だと思われてる?
私「いや、私はいまルクソールにいるんだが? ピックアップは12/29の朝、ルクソールのMerry Land Hotelで頼む」
クルーズ会社「OK」
……本当に伝わったのか?
漂う詐欺臭と置き去りフラグに背筋が寒くなり、しつこく時間を念押しする。
私「ピックアップは、12/29 朝7:00、ルクソールのMerry Land Hotelホテルロビーだぞ。絶対だぞ」
クルーズ会社「Sorry!8:00amプリーズ」
私「分かった、12/29 8:00にホテルのロビーで待ってるからな」
クルーズ会社「OK」
6万円をナイル川に投げ捨てたかもしれないという猛烈な不安を抱えたまま、当日を迎える羽目になった。
翌日12/29

来た。ちゃんと迎えに来た。疑って本当にごめん。
ここからはミニバンでの混載ツアー。
同乗者はアメリカ人女性2人組とインド人カップル。
そして英語も怪しい東洋人が1人。
アウェー感全開の旅が幕を開けた。
まずは西岸の「王家の谷」へ。
ここはなんと、人類史上最古の「労働者のストライキ」が記録された現場らしい。
ファラオのために王墓を掘り、極上の壁画を描いていた職人たち。
配給(給料代わりの小麦など)が数ヶ月も遅配。
「腹が減ってやってられるかバカ野郎!」とブチ切れて作業をボイコットし座り込みデモを決行したのだという。
紀元前12世紀のエジプト人も、給与未払いに怒る現代人と何ひとつ変わっていなくて一気に親近感が湧く。

メルエンプタハの墓(KV8)の埋葬室にドスンと鎮座する、巨大な花崗岩製の人型石棺。
王家の谷が使われ始めたのは紀元前1500年頃。
今から約3,500年前のものが目の前にある圧倒的スケール。

同じく王家の谷にあるラムセス3世の墓。
冠をかぶったラムセス3世本人が、右側に立つハヤブサ頭の太陽神ラー・ホルアクティに対して祈りを捧げ、香炉を差し出している場面。

こちらも王家の谷。
太陽の舟とスカラベ、そして両脇を固める「ホルスの目」。
魔除けの圧がすごい。

そして、こちらも王家の谷にあるラムセス5世/ラムセス6世の墓。
天井を左右に分け、昼(太陽の航海)を表す黄色の背景(左側)と、夜(冥界の旅)を表す黒色の背景(右側)が対比して描かれている。

続いて「ハトシェプスト女王葬祭殿」。今から約3,500年前の紀元前1470年代完成。
断崖絶壁を背負った3段テラスの近代建築のような佇まい。
古代唯一の実質的な女性ファラオのセンス、尖りすぎている。

第1テラスの上。
砂漠の太陽が容赦なく体力を削りにくる。

見上げると、柱の奥の梁にホルスの目。
深い青色の中に黄色い星々がびっしり。
夜空(女神ヌトの体)を描いた「星空天井」。
3500年前の青がこんなに鮮やかに残っていることに鳥肌が立つ。

バスから船へとバトンタッチ。
6万円とは思えない極楽生活が始まった。

船の廊下の清潔感もバッチリ。

こちらが私の部屋。
ほうほう。

窓からはこんな景色が見えたり。

窓から見る夕方はこう。

ナイル川クルーズ船の最上階(サンデッキ)
人工芝のリクライニングチェアに寝そべり、微風を感じながら両岸を眺める。
果てしない砂漠と、川沿いだけに細く広がる緑のオアシス。
何これ、富豪のバカンスか?
最高かよ!

そして食事。
バイキング形式なのだが……これが信じられないくらいうまい。
これまでカイロやルクソールの街中で食べたものが酷すぎたせいで舌のハードルが下がっていたのか、
あるいは本当にシェフの腕が良いのかは分からない。
だが、砂漠のオアシスで食う飯としては間違いなく優勝。

翌日の観光。
翌日、船着場から車でエドフ神殿へ。
紀元前237年に着工し、完成まで約180年もかかったというホルス神殿。

何千年もの間、砂の中に丸ごと埋もれていたおかげで、エジプトで最も保存状態が良いとされる。高さ36メートルの塔門がほぼノーダメージでそびえ立っている。

塔門を抜けた先で神殿を守る「ホルス神のハヤブサ像」。
黒色花崗岩でツルツルに磨き上げられており、なんとも言えない凛々しいドヤ顔をしている。

かつて神殿前で無法地帯のように繰り広げられていた強引な客引きを抑えるため、
「駐車場の隣の一本道すべてをお土産ストリートで埋め尽くす」
という力技に出たエジプト当局の傑作。

コム・オンボ。
ここは船着き場の階段を上がった瞬間に遺跡が目の前に広がるゼロ距離アクセス。
紀元前2世紀〜前1世紀頃に建てられたもので、ワニの神「ソベク」とハヤブサの神「ハロエリス(大ホルス)」に捧げるため、入口から至聖所に至るまですべてが左右対称に2つずつ造られているという世にも珍しい神殿。

ここにはなぜか約4時間もガッツリ停泊。
夜になると黄金色にライトアップされ、昼とは打って変わって怪しくも幻想的な姿に化ける。
もう十分ツアー代の元は取れた気がした。

いよいよ最終日。
アスワンで船を降り、砂漠をひたすら南下してアブ・シンベルへ。
迎えてくれた現地ガイドさん、驚くほどやる気がない。
「アブ・シンベルはあっち。時間になったら戻ってきて」と言わんばかりの省エネガイド。
だがもう慣れた。
私の旅を邪魔するものは何もない。

そして視界に飛び込んできた、アブ・シンベル大神殿。
新王国時代の覇王ラムセス2世(紀元前13世紀)が、ヌビア国境の岩山をくり抜いて造らせた規格外の岩窟神殿。
高さ約20メートルのラムセス2世巨像が4体並ぶ正面は、実物を見るとスケール感がバグる。

神殿内部の大広間(第1列柱室)。
冥界の神オシリスの姿をした高さ約10メートルのラムセス2世像が、両脇から睨みを利かせてくる。

約60メートル奥の「至聖所」。
年に2回だけ朝日が一直線に差し込み、神格化されたラムセス2世を含む3体の神を黄金に染め上げる。
一番左のプタハ神だけ「冥界・地下世界の神(闇の神)」であるため、古代の設計士が意図的に光が差し込まないよう計算して配置したらしい。
古代エジプトの天文学、狂気すら感じる。

アブ・シンベル小神殿。
アブ・シンベルの大神殿から北へ約100メートルほど歩いたすぐ隣に並び立っている神殿。
最愛の正妃ネフェルタリのために建てたもの。
正面には高さ約10メートルの立像が6体(4体:ラムセス2世像、2体:ネフェルタリ王妃像)が彫られている。

アブ・シンベル小神殿(ネフェルタリの神殿)の多柱室。
手前の柱に描かれた女神たち。

世界遺産のきっかけとなったエピソードがすごい。
1960年代にアスワン・ハイ・ダムの建設によってナイル川がせき止められ、人造湖(ナセル湖)の底に水没する危機に。
そこでユネスコが主導し、遺跡をブロック状に切り刻んで約64メートル高い丘の上へ移設するという前代未聞の大救出作戦が決行。
このプロジェクトが、現在の「世界遺産条約」を誕生させた。
切り取って運んだ範囲は、神殿の内部空間や巨像の周りだけではない。ファサードを取り囲む崖の表面部分(約8,000トン分)も、景観をそのまま再現するために大きな岩の塊へと切り出されて移送されたらしい。
↓のような壁画もこの方法で運ばれたとかすごすぎる。

しかも驚くべきことに、この岩山、中身は空洞なのだ。
高台に鉄筋コンクリート製の巨大なドームを造り、その内側に切り取った神殿のブロックを吊り下げて固定。
外側に崖の岩を貼り付けて土砂を盛り、元通りの「自然な山」に見せかけている。つまり、古代の超技術と現代の土木工学が合体したハイブリッド要塞なのである。

出発前は「アポなしのWhatsApp」
「アスワン現地集合と勘違いされるトラップ」に怯え、胃をキリキリ痛めていたが、蓋を開けてみれば大勝利。
2泊分の宿、すべての食事、主要遺跡の入場と長距離移動がぜんぶ付いてたったの6万円。
エジプトの洗礼を受け流せるメンタルさえあれば、ナイルクルーズは間違いなく人生最高のコスパ旅だった。
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